大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

沼津簡易裁判所 平成10年(ハ)5号 判決 1998年9月11日

原告

株式会社オリエントコーポレーション

右代表者代表取締役

新井裕

右訴訟代理人

辻幸利

田中泰彦

被告

猪ノ原マキ

被告兼被告猪ノ原マキ訴訟代理人

猪ノ原秀行

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、各自、原告に対し、金七二万二〇〇〇円及びこれに対する平成九年九月一一日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、被告猪ノ原秀行(以下「被告秀行」という。)が原告の加盟店から乗用車を購入するに当たり、被告らが、加盟店に対して立替払契約及び連帯保証契約の申込の意思表示をし、その後、被告秀行が右加盟店に対して、右申込の撤回の意思表示をしたが、右申込の撤回の意思表示が原告に到達しなかったために、原告が加盟店に対して立替払をしたという事実関係の下において、右申込の撤回の意思表示の効力並びに原告から被告らに対する電話の意思確認の有無及びその効力が争われた事案である。

二  原告の主張

被告秀行が、東部自動車販売から乗用車を購入するに当たり、原告と被告秀行との間で平成五年一二月二七日立替払契約を締結し、同日、被告猪ノ原マキ(以下「被告マキ」という。)が右契約上の債務を連帯保証したことに基づく立替金及び手数料合計二二八万四〇六六円(うち手数料四八万四〇六六円)の残金七二万二〇〇〇円について、原告の被告らに対する右同額の給付請求とこれに対する付帯の請求。

三  前提事実

1  原告は信販会社である。被告秀行は、東部自動車販売から中古乗用車(セドリックE―Y31)一台(以下「本件中古車」という。)を購入したが、その当時、東部自動車販売は原告の加盟店であった。

加盟店の顧客と原告が、立替払契約を締結するときの仕組みはおおむね次のとおりである。

原告は、あらかじめ加盟店に対し、立替払契約書の用紙を交付し、顧客が加盟店から商品を購入し、顧客が原告とのクレジット契約を利用する意思を示した場合には、加盟店は、顧客との間で代金の支払方法を決め、契約書に必要事項を記入させてこれを作成し、右契約書を原告に送付する。

原告が右申込を承諾したときは、原告は加盟店に代金を支払う。

2  被告秀行は、本件中古車購入の際、原告との立替払契約を締結する意思を有し、契約書に自ら必要事項を記入し、東部自動車販売の経営者である仁藤和志に対してこれを交付した。なお、被告秀行は、被告マキから、右立替払契約から生じる債務を連帯保証する旨の契約を締結する権限を受けていた。

四  争点に対する当事者の主張

1  申込の撤回

(一) 被告らの主張

被告秀行は、平成五年一一月下旬ころ、東部自動車販売から本件中古車を購入するに当たり、東部自動車販売に対し、原告との立替払契約の申込の意思表示をし、同時に、被告マキはこれを連帯保証する旨の契約の申込の意思表示をした。

被告秀行は、その数日後、東部自動車販売の経営者である仁藤和志から、信販会社を変更した方が有利であるなどと言われたため、東部自動車販売に対し、本件立替払契約の申込の撤回の意思表示をした。

(二) 原告の主張

右事実については知らない。仮に右事実が認められても、原告に対し、申込の撤回の意思表示が到達していないから、右撤回の効力はない。

2  原告による電話の意思確認

(一) 原告の主張

原告沼津支店の佐々木亜希子は、平成五年一二月二四日午後一時六分、被告秀行が当時勤務していた臼井国際産業株式会社に電話をし、被告秀行に対し、本件立替払契約の内容を確認した。また、佐々木は、同日午後一二時四〇分、被告マキの自宅に電話をし、被告マキに対し、本件立替払契約の内容及び連帯保証契約の内容を確認した。したがって、本件契約は成立している。

(二) 被告らの主張

右事実については知らない。

第三  争点に対する判断

一  前記前提事実、証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  被告秀行は、平成五年一一月下旬ころ、東部自動車販売から本件中古車を二二〇万円で購入した。被告秀行は、右代金のうち四〇万円を、東部自動車販売に対して現金で支払い、残金につき原告との間で立替払契約を締結することにして、原告宛の「オートローン契約書」(甲一号証)と題する書面に、「お申込年月日」欄及び「お支払口座」欄を空欄としたまま、その他の必要事項を記入した上、あらかじめ、被告マキから、右立替払契約から生じる債務を連帯保証する旨の契約を締結する権限を受けていたので、連帯保証人欄に被告マキの名を記入またはその場に居合わせた者に代書させ、東部自動車販売の経営者である仁藤和志に交付した。

仁藤和志は、数日後、被告秀行に電話をし、「三菱クレジットの方が金利が低いので切り替えた方がいい。」などと言った。このため、被告秀行は、同人に対し、本件立替払契約の申込を撤回する旨告げた。

被告秀行は、その数日後である平成五年一一月二九日、東部自動車に赴き、本件中古車の残金につき、三菱電機クレジット株式会社との間で立替払契約を締結することにして、「MECCオートローン契約書」(乙一号証)と題する書面に必要事項を記入して、これを作成して三菱電機クレジット株式会社の担当者に交付し、平成五年一一月三〇日、三菱電機クレジット株式会社と被告秀行との間で立替払契約が締結された。その後、東部自動車販売は三菱電機クレジット株式会社から代金を受領し、被告秀行は三菱電機クレジット株式会社に対して、分割金を既に完済している。

2  ところで、仁藤は、「お申込年月日」欄及び「お支払口座」欄が空欄のままの前記契約書(甲一号証)が手元にあることを奇貨として、「お申込年月日」欄に「5年12月23日」、「お支払口座」欄に「三島信用金庫沼津北支店」、などと記載したうえ、平成五年一二月二三日ころ、右契約書を原告に送付した。事情を知らない原告は、被告らから有効な申込があったと考えて、これを承諾し、平成五年一二月二九日、東部自動車に対し、代金を支払った。

仁藤は、本件中古車の販売に関し、二重に代金を受けとったことが発覚しないようにするため、無断で被告秀行名義の口座を開設し、原告に対して、合計一五六万二〇六六円を支払ったが、その後支払が滞った。

二  そこで、被告秀行のした本件立替払契約の申込の撤回の意思表示が効力を有するかを検討する。

前記事実によれば、原告の加盟店である東部自動車販売は、原告の立替払契約につき、原告の業務を代行し、顧客に対しては原告の窓口の役割を果たしているものと見ることができること、一般に契約の申込を撤回する場合は、契約の申込を直接受けた者にするのが当然であること等に鑑みれば、東部自動車販売は、立替払契約に関する顧客からの申込の撤回の意思表示を受領する権限を有すると認めるのが相当である。なお、東部自動車販売が、原告に対し、右撤回の意思表示を伝達しなかったとしても、それは原告と東部自動車販売の内部の問題に過ぎず、右撤回の意思表示の効果とは関係がない(大阪簡裁昭和五八年二月二八日判決同旨)。

これを本件にみると、被告秀行は、東部自動車販売の経営者である仁藤和志に対し、本件立替払契約の申込を撤回する旨告げたのであるから、本件立替払契約の申込の撤回の意思表示は有効というべきであり、本件立替払契約は成立していないと解される。なお、保証債務の附従性により、原告と被告マキとの間の連帯保証契約もまた不成立と解される。

三  原告による電話の意思確認について

1  前記のとおり、被告秀行が本件立替払契約の申込を撤回したことにより、本件立替払契約は不成立となったのであるから、その後の電話確認により、本件立替払契約が成立したといえるためには、被告秀行が、右電話確認の際、本件立替払契約の申込の撤回の意思表示を更に撤回したなど、あらためて、本件立替払契約の申込の意思を表示した事実が認められなければならない。

2  甲四及び五号証には、原告沼津支店の佐々木亜希子が、平成五年一二月二四日午後一時六分、被告秀行が当時勤務していた臼井国際産業株式会社に電話をし、被告秀行に対し、本件立替払契約内容を確認し、また、同日午後一二時四〇分、被告マキの自宅に電話をし、被告マキに対し、本件立替払契約の内容及び連帯保証契約の内容を確認したという内容が記載されているところ、仮に、佐々木が前記日時に、被告秀行に電話をしたことが事実としても、右証拠からは、被告秀行と佐々木との間の具体的な会話内容が不明であって、被告秀行が、右電話の際、佐々木に対し、本件立替払契約の申込の撤回の意思表示を更に撤回するなど、あらためて、本件立替払契約の申込の意思を表示した事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。

四  よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官小河原寧)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例